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8/30 公開プレゼンテーション
- 概要
- 参加予定講評者
- アクセス

- 提案作品講評会
- 現地説明・調査
- 座談会
- 記念講演会

建築学生ワークショップ
高野山2015

- 開催の経緯
- 目的
- テーマ
- スケジュール
- 参加者募集
 今年度の募集は締切りました

- スポンサー

Architectural Workshop Koyasan 2015 DOCUMENT BOOK
建築学生ワークショップ高野山2015 ドキュメントブック


版型: B4判
頁数: 56頁(カラー32頁 モノクロ24頁)
2015年開催の聖地は、高野山。全国から集った50名の大学生が、建築の実現化を図る。

予価: ¥1852(税別)
9月15日発売予定

8/30(日) 公開プレゼンテーション
     
     

8/30(日) 公開プレゼンテーションを行いました。
会場には多くの方にお集まりいただきまして、誠にありがとうございました。

講評者の先生方には、学生たちが制作したフォリーを現地で体感いただき、講評していただきました。


group 1 根本大塔と向き合うためのフォリー   group 2  つみかさなるもの
     
group 3  PRIMITIVE FORMS 自然の表情   group 4 うつし絵
     
group 5  hazama ‒過去でもなく、未来でもないもの ‒   group 6 あまのしるべ
     
group 7  七重心   group 8  高野山のGestalt(カタチ)

 


     

     

審査の結果、最優秀賞、優秀賞、特別賞が決められ、賞状とトロフィーが授与されました。
最優秀賞: group 6 あまのしるべ
優秀賞  : group 4 うつし絵
特別賞  : group 1 根本大塔と向き合うためのフォリー



8/31(月) 撤収を終えて、最後にみんなで集合写真


 

"今、この場所から"伝えたいことを、空間として表現しました

高野山に、全国で建築を学ぶ大学生が集まり、過去1200年に渡って受け継がれてきた歴史を、現代の問題とともに未来へとつなげていくために、「今、この場所から」伝えていくべきことを、それぞれが真剣に考え、原寸大の空間として表現します。総本山金剛峯寺を中心とする区域において、作品を展示することで、訪れた人が中に入り、心を落ち着かせ、歴史と対話することができる、小さな建築空間を1日だけ創出します。

 

A4フライヤーPDF   A3ポスターPDF



8/30(日)公開プレゼンテーション会場 大師教会

【参加予定講評者】
近畿ニ府四県で教鞭を執られ日本を代表するプロフェッサー・アーキテクトと、世界の構造研究を担い、大学で教鞭を執られるストラクチャー・エンジニアです。また現在、第一線で活躍をされている、若手の建築家や構造家にも参加いただきます。
遠藤秀平 (えんどう しゅうへい)
建築家 / 神戸大学大学院教授
1960年滋賀県生まれ。86'年京都市立芸術大学大学院修了。88'年遠藤秀平建築研究所設立。04'年ザルツブルグサマーアカデミー教授。07'年~神戸大学大学院教授。13'年~天津大学、東北(潘陽)大学客員教授。主な作品は、Slowtecture M、Looptecture A、Arktecture Mなど。主な受賞歴は、03'年芸術選奨文部科学大臣新人賞。04'年第9回ヴェネツィアビエンナーレ金獅子賞。12'年日本建築家協会賞・公共建築賞など。
森本一彦 (もりもと かずひこ)
社会学者 / 高野山大学准教授

1962年和歌山県生まれ。86年関西大学社会学部社会学科卒業。68年関西大学大学院文学研究科修了。03年総合研究大学院大学文化科学研究科修了。開智高等学校教諭、京都大学大学院文学研究科特定准教授を経て、15年より高野山大学文学部人間学科。主な著書『先祖祭祀と家の確立―「半檀家」から一家一寺』(ミネルヴァ書房)、首藤明和・王向華・宋金文編『中日家族研究』(浙江大学出版)、坂田聡編『禁裏領山国荘』(高志書院)
長田直之 (ながた なおゆき)
建築家 / 奈良女子大学准教授
1968年名古屋生まれ。90年福井大学工学部建築学科卒業。90-94年安藤忠雄建築研究所。94年ICU一級建築士事務所設立。2002年文化庁新進芸術家海外留学制度研修によりフィレンツェ大学留学。2007年より東京理科大学非常勤講師、2008年より奈良女子大学住環境学科准教授に着任、現在に至る。主な受賞歴として2014年 ”Yo” にてJIA新人賞。他、JIA関西建築家新人賞、中部建築賞、石川建築賞、JCDデザイン賞優秀賞受賞、95, 96, 99年SDレビュー入選など。
  江村哲哉 (えむら てつや)
構造家 / アラップ構造エンジニア

1983年愛知県生まれ。東京大学工学部建築学科卒業、東京大学大学院工学系研究科修了。2008年アラップ入社、東京事務所勤務。主な担当作品に東北大学ブックカフェ、V&A at Dundee、狭山湖畔霊園管理休憩棟、狭山の森礼拝堂、大分県立美術館、広島ピースタワーなど。2012年より東京芸術大学ゲスト講師、2015年より武蔵野美術大学非常勤講師。
藤木庸介 (ふじき ようすけ)
建築家 / 滋賀県立大学准教授

1968年生まれ。92年京都精華大学美術学部卒業。95年Städelschule Frankfurt 2Semester修了。97年Univ. of East London M.A.修了。04年遊工舎一級建築士事務所設立。09年和歌山大学大学院システム工学研究科博士後期課程修了・博士(工学)。和歌山大学助手、京都嵯峨芸術大学准教授を経て、12年より滋賀県立大学人間文化学部生活デザイン学科。主な著書『世界遺産と地域振興』(世界思想社)、『生きている文化遺産と観光』(学芸出版社)、『名作住宅で学ぶ建築製図』(学芸出版社)、他。
  小野田一之(おのだ かずゆき)
エンジニア / 旭ビルウォール常務取締役
1964年兵庫県生まれ。86年神戸大学工学部建築系環境計画学科卒業。同年より旭硝子中央研究所勤務。92年から旭硝子ビルウォールに勤務。2002年同社でファサードエンジニアリング事業部を立ち上げ。著名建築家の作品のファサード設計・施工を担当。現在、旭ビルウォール常務取締役ファサード・ガラスエンジニアリング事業本部長。関わった主な作品「松本市民会館(伊東豊雄設計)」、「ルイヴィトン銀座並木店(青木淳設計)」、「大分県立美術館(坂茂設計)」。
本多友常 (ほんだ ともつね)
建築家 / 摂南大学教授 和歌山大学名誉教授

1948年東京都生まれ。72年早稲田大学大学院建設工学科修了。72年-98年竹中工務店設計部。79年 Architectural Association School of Architecture Diploma Course卒業。98年-2013和歌山大学教授。2013年より摂南大学教授。主な著書「建築ノート」(新建築社)、「ゆらぐ住まいの原型」「建築概論」「建築設計学Ⅰ」(学芸出版社)。
  芦澤竜一 (あしざわ りゅういち)
建築家 / 芦澤竜一建築設計事務所主宰
建築家。滋賀県立大学准教授。1971年神奈川県生まれ。1994年早稲田大学卒業後安藤忠雄建築研究所勤務。2001年芦澤竜一建築設計事務所設立。主な作品にBAMBOO FOREST&HUTS WITH WATER、琵琶湖のエコトーンホテル、風の音(楽器としての建築)、FACTORY ON THE EARTHなどがある。日本建築士会連合会賞、サスティナブル住宅賞、JIA環境建築賞、パッシブデザインコンペ2014大賞、LEAF AWARD(イギリス)、ENERGY GLOBE AWARD(オーストリア)、RE-THINKING FUTURE SUSTAINABILITY AWARD(インド)など国内外で多くの賞を受賞している。
横山俊祐(よこやま しゅんすけ)
建築家 / 大阪市立大学大学院教授

1954年生まれ。1985年 東京大学大学院工学系研究科 建築学専攻博士課程修了。同年 熊本大学工学部建築学科助手。2004年大阪市立大学大学院助教授。2005年より現職。主な著書:「住まい論(放送大学教育振興会)」「これからの集合住宅づくり(晶文社)」等。主な作品:「大阪市立大学高原記念館」「水上村立湯山小学校」「八代市営西片町団地」等。
  幸家大郎 (こうけたろう)
建築家 / 幸家大郎建築研究所主宰

1967年広島生まれ。1991年九州芸術工科大学芸術工学部環境設計学科卒業。1996年クランブルックアカデミーオブアーツ(USAミシガン州)建築専攻修士修了。1991~1993年吉田保夫建築研究所。帰国後、幸家大郎建築研究所開設。地域へのワークショップを通してのコミット、2005~2008年建築合同ワークショップ主催など。大阪市立大学工学部非常勤講師。
腰原幹雄 (こしはら みきお)
構造家 / 東京大学生産技術研究所教授
1968年千葉県生まれ。2001年東京大学大学院博士課程修了。博士(工学)。構造設計集団<SDG>、東京大学大学院助手を経て12年より現職。木、石、土などの素材構造的視点から可能性を追求している。土木学会デザイン賞最優秀賞、日本建築学会賞(業績)、都市住宅学会業績賞など多数の賞を受賞している。主な著書に「都市木造のヴィジョンと技術」(オーム社)、「感覚と電卓でつくる 現代木造住宅ガイド」(彰国社)などがある。
  西沢立衛 (にしざわ りゅうえ)
建築家 / 西沢立衛建築設計事務所主宰
建築家。横浜国立大学大学院建築都市スクールY-GSA教授。1966年東京都生まれ。1990年横浜国立大学大学院修士課程修了、妹島和世建築設計事務所入所。1995年妹島和世と共にSANAA 設立。1997年西沢立衛建築設計事務所設立。主な受賞に日本建築学会賞、村野藤吾賞、藝術文化勲章オフィシエ、ベルリン芸術賞*、プリツカー賞*。主な作品に、ディオール表参道*、金沢21世紀美術館*、森山邸、House A、ニューミュージアム*、十和田市現代美術館、ROLEXラーニングセンター*、豊島美術館、軽井沢千住博美術館、ルーヴル・ランス* 等。(*はSANAAとして妹島和世との共同設計及び受賞)
佐藤淳 (さとう じゅん)
構造家 / 東京大学工学部准教授
1970 年愛知県生まれ。00 年佐藤淳構造設計事務所設立。東京大学准教授(AGC 寄付講座)。作品に「共愛学園前橋国際大学4号館 KYOAI COMMONS」「プロソリサーチセンター」「武蔵野美術大学美術館・図書館」「地域資源活用総合交流促進施設」 「ヴェネチアビエンナーレ2008」。著書に「佐藤淳構造設計事務所のアイテム」。建築家との協働で、数々の現代建築を新たな設計理念によって実現させてきた。
  平沼孝啓(ひらぬま こうき)
建築家 / 平沼孝啓建築研究所主宰

1971年 大阪生まれ。ロンドンのAA スクールで建築を学び、99年 平沼孝啓建築研究所設立。主な作品に「東京大学くうかん実験棟」や「D&DEPARTMET PROJECT」の作品などがある。主な受賞にイノベイティブ・アーキテクチュア国際建築賞(イタリア)や ウッド・アーキテクチャー・アワード(アメリカ)など、国内外でも多数の賞を受賞している。09年 国立国際美術館(日本)、14年 ヴェネチア・ビエンナーレ(イタリア)国際建築展、15年 ストラクチュア・オブ・ソート オリス・ザグレブ展(クロアチア)。
陶器浩一 (とうき ひろかず)
構造家 / 滋賀県立大学環境科学部教授

1962年大阪府生まれ。86年京都大学大学院修了。86~2003年日建設計。03年4月滋賀県立大学助教授。06年同・教授。現在に至る。主な作品:キーエンス本社研究所ビル,愛媛県歴史文化博物館,愛媛県美術館,積層の家,清里アートギャラリー,澄心寺庫裏,半居,福良港津波防災ステーション,竹の会所,さとうみステーション 受賞:JSCA賞,Outstanding Structure Award(IABSE),松井源吾賞,日本建築学会賞(技術部門),日本建築家協会賞,日本建築大賞,SDレビュー朝倉賞,SD賞,日本建築学会作品選奨など
  吉村靖孝 (よしむら やすたか)
建築家 / 吉村靖孝建築設計事務所主宰

1972年愛知県生まれ。97年早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。99年〜01年MVRDV在籍。05年吉村靖孝建築設計事務所設立。13年〜明治大学特任教授。 主な作品は、窓の家(2013)、中川政七商店旧社屋増築(2012)、鋸南の合宿所(2012)、中川政七商店新社屋(2010)、Nowhere but Sajima(2009)、ベイサイドマリーナホテル横浜(2009)等。主な受賞は、JCDデザインアワード大賞、日本建築学会作品選奨、吉岡賞ほか多数。主な著書「ビヘイヴィアとプロトコル」、「EX-CONTAINER」、「超合法建築図鑑」等。


高野山・大門より見る雲海


【アクセス】  路線図のダウンロードはこちら

※ 高野山へは、なんば駅から特急こうやで約90分(急行約110分)。
南海高野線 極楽橋駅で乗り換えて、ケーブルカーで高野山駅へ。(所要時間は目安です。) 〈京都からお越しの方〉

〈東京からお越しの方〉

※ 新大阪駅から なんば駅まで約14分
大阪市営地下鉄御堂筋線天王寺またはなかもず行に乗り、なんば駅下車。南海電車に乗り換えて高野山へ。
※ 大阪(伊丹)空港から なんばまで空港バスで約30分
大阪(伊丹)空港からなんば/OCAT(JR難波)行空港バスに乗り、なんば下車。
〈関西国際空港からお越しの方〉

※ 関西空港から天下茶屋まで特急ラピートで約34分
1.関西空港から南海線特急ラピートなんば行に乗り、天下茶屋駅で南海高野線に乗り換え、特急こうやなどで高野山へ。
2.関西空港から空港急行なんば行、または普通なんば行(泉佐野乗り換え)ご利用のうえ、天下茶屋から特急こうやなどで高野山へ。
〈高野山案内マップ〉   PDFダウンロードはこちら

〈高野山バス路線〉  PDFダウンロードはこちら
【お問い合わせ】 
特定非営利活動法人アートアンドアーキテクトフェスタ(NPO/AAF)
担当:松本ガートナー
E-mail:info@aaf.ac
【開催の経緯】
建築ワークショップとは、建築や環境デザイン等の分野を専攻する学生がキャンパスを離れ、国内外にて活躍中の建築家を中心とした講師陣の指導のもと、その場所における社会的な実作品をつくりあげることを目的としています。2001年度から始まったこのワークショップは過去に山添村(奈良県)・天川村(奈良県)・丹後半島(京都府)・沖島(滋賀県)などの関西近郊の各地で行われ、それぞれの過疎化した地域を対象に提案を行い、市や村の支援を得ながら、有意義な成果を残してきました。
第10回目の開催となった2010年度より、新たに今までの取り組み方とは志向を変え、一般社会にも投げかけてゆけるようなイベント型の催しになっていくことを目指し、「平城遷都1300年祭」の事業として、世界文化遺産(考古遺跡としては日本初)にも指定されている奈良・平城宮跡で開催しました。続く、2011年度は滋賀・琵琶湖にうかぶ竹生島(名勝史跡)にて開催。このような特殊な環境において、地元の建築士、工務店の方々に工法を教えていただきながら、原寸の空間体験ができる小さな建築物の実制作を行い、地域協力のもと、船上にて一般市民を招いた公開プレゼンテーションを行う等、これまでにない新たな試みを実施しました。
【開催目的】
1.学生のための発表の場をつくる
学内での研究活動が主体となっている学生にとって、一般市民に開かれた公開プレゼンテーションを行うこと自体が非常に貴重な体験となります。また、現在建築界で活躍する建築家を多数ゲスト講師に迎えることで、質の高い講評を参加者は受けることができます。また、ワークショップ終了後の会場での展示や、会期報告としてホームページや冊子の作成を行い、ワークショップの効果がさらに継続されるような仕組みをつくります。
2.教育・研究活動の新たなモデルケースをつくる
海外での教育経験のある講師を招聘する等、国際的な観点から建築や環境に対する教育活動を行うワークショップとして、国内では他に類を見ない貴重な教育の場を設けます。また、行政や教育機関の連携事業として開催することで、国内外から注目される教育・研究活動として、質の高いワークショップをつくることを目指します。
3.地球環境に対する若い世代の意識を育む
現在、関西地方には、世界に誇る貴重な文化遺産を有する京都や奈良、琵琶湖や紀伊半島の雄大な自然など、豊かな環境が数多く残っています。しかしながら、近年の社会経済活動は環境への負荷を増大させ、歴史的に価値の高い環境をも脅かすまでに至っています。このワークショップでは一人一人が地域環境の特殊性、有限性を深く認識し、今後の建築設計活動において環境への配慮を高めていくと同時に、地球環境の保全に貢献していくことをねらいとしています。次世代を担う学生たちが、具体的な経験を通して環境に対する意識を育むことは、環境と建築が共存できる未来へと、着実につながるのではないかと考えます。 4.地域との継続的な交流をはかる
歴史、文化、自然が一体となって残る地域の特色を生かしたプログラムを主軸に、特殊な地域環境や、住民との交流によって生み出される制作体験を目的としています。各地域には、それぞれの土地で積み重ねてきた歴史や文化、風土があり、短期間のイベントであればそれらを深く知ることはできませんが、数ヶ月にわたる継続的な活動を前提として取り組むことで、より具体的な提案や制作によって、地域に還元していくことができると考えています。
"今、建築の、原初の、聖地から"

その場所のもつ歴史や意味、地形や風の流れといった文脈を読むことを始点として建築はつくられていきます。つまり建築をするという行為の原点には、「場」を読み解く力こそが始まりであり、最も重要なことだといえます。これを国内でもまれに見る森林空間と古来の伝統的建築様式を今に伝える聖地高野山で学ぶことは、建築の道を歩み始めた、次の日本を背負う学生にとっては大切なことであり、これから建築をつくる揺るぎない基軸ともなっていくことだと感じています。

高野山1200年の歴史の中で培われてきた人間のちから。その霊場のもつ自然のちから。平安時代より弘法大師空海が修行の場として開いた高野山の世界に身を置き、その歴史を読み解いていく。その過程で全国から集まった学生はもちろん、地域の方々をはじめ、世界中からの来訪者の方々と共に読み解いていく。普段、学内の似通った価値観の中で学んでいる建築を学ぶ大学生にとって、大変貴重な経験を世界的文化遺産の地「高野山」で取り組む機会としてゆきたいのです。

高野山に、全国で建築を学ぶ大学生が集まり、過去1200年に渡って受け継がれてきた歴史を、現代の問題とともに未来へとつなげていくために、「今、この場所から」伝えていくべきことを、それぞれが真剣に考え、原寸大の空間として表現します。総本山金剛峯寺を中心とする区域において、作品を展示することで、訪れた人が中に入り、心を落ち着かせ、歴史と対話することができる、小さな建築空間を1日だけ創出します。

将来を担う学生たちが今という時代に向き合い、この場所でできることに全力で取り組むことで、「今、この場所から」世界に向けたメッセージを発信していきます。学生たちはきっと、その若い感性によって新たな発見をし、未来を創造する提案をしてくれることでしょう。



【建築学生ワークショップとは】
建築ワークショップは、建築や環境デザイン等の分野を専攻する大学生を対象にした、普段の大学生活では体験できないスケールで作品制作を行う地域滞在型のワークショップです。国内外にて活躍中の建築家を中心とした講師陣の指導のもと、開催地の歴史や地域環境を研究しながら、他大学生との交流の中でその場所における社会的な実作品をつくりあげる経験を目的としています。
【スケジュール】
5月21日(木)
5月22日(金)
5月31日(日)23:59必着
7月4日(土)
8月1日(土)〜 2日(日)
1日(土)
2日(日)
8月3日(月)〜 8月31日(月)
8月25日(火)〜 31日(月)(6泊7日)
25日(火)
26日(水)〜 29日(土)
30日(日)
31日(月)

参加説明会開催(東京大学)
参加説明会開催(京都大学)
参加者募集締切(参加者決定)
現地説明・調査
提案作品講評会(1泊2日)
提案作品講評会
制作打ち合わせ (具体的な発注と手配)
各グループ課題の制作
合宿にて原寸制作ファイナル(6泊7日)
現地集合・資材搬入・制作段取り
原寸模型制作(実質4日間)
公開プレゼンテーション
清掃・解散

【制作内容】
"唯一無二の自然環境を守るために、あなたの提案を実現化してください"
※ フォリーの原寸模型を地域産材(自然素材 / 木材、和紙、土、石など)の材料で制作
【参加費用】
実 費  (宿泊費、保険代、図録・資料代、一部食費等 約¥35,000(税込) 事前徴収制)
※ 現地までの交通費は各自別途負担となります
※ このワークショップは、ご賛同をいただいている企業・財団、ならびに開催地の有志の方々のご協力と、学生の参加費により運営をしています
【参加募集期間】
2015年4月1日 ~ 5月31日(日)23:59 必着
【参加対象者】
建築および都市、環境、デザイン、芸術など、これに類する分野を学ぶ学生および院生
【参加人数】
定員 50名程度 (大学院生8~10名+学部生40~48名) 8グループ を予定しています。
※ 参加申し込み多数の場合は、主催者による選考をおこないます
※ 原則として、先着順の応募を優遇しますのでお早めに応募ください

【運営サポートマネージャ募集】
開催期間中、合宿期間中の運営サポーターを募集いたします。(学部は問いません)
定員 5~10名程度(参加費無料・開催期間中宿泊費無料)

定員に達しましたので、ご応募を締め切りました。 たくさんのご応募をくださいまして、誠にありがとうございました。
厳正なる審査の後、参加決定者には別途ご通知いたします。

また、制作作品を発表する公開プレゼンテーションを8/30(日)に高野山にて開催します。
一般の方もご観覧いただけますので、ぜひお誘い合わせの上ご来場ください。

8/1(土)・2(日) 提案作品講評会

     
8/1(土)に提案作品講評会を行いました。
講評者の先生方にお集まりいただき、7/4(土)現地説明・調査からの約1ヶ月の成果を講評いただきました。

 
     

8/2(日)は、前日の講評会をもとに制作打合せを行いました。
3週間後に迫った実施に向けて、実務に携わる先輩たちのアドバイスをいただきながら最終調整を行いました。

 
     


7/4(土) 現地説明・調査

7/4(土)に現地説明と調査を行いました。
社会学者の森本一彦先生の講義、そして僧侶の方に境内、計画地をご案内いただき、制作に向けて刺激的な体験となったようです。
 
 
     
 
     
 
【開催記念 説明会・講演会】
ワークショップの参加募集の説明会と開催を記念して、活躍中の建築家が自身の学生時代の体験を通して、
現在の作品にどう影響していったのかをレクチュアしていただきました。
東京会場 
東京大学(本郷キャンパス)

工学部 1号館 1階 15講義室
東京メトロ南北線「東大前駅」徒歩1分
東京メトロ丸の内線・大江戸線「本郷三丁目駅」徒歩8分

5月21日(木)19:00 - 21:00 (18:40開場)
入場無料|定員: 先着100名|要申込


基調講演 西沢立衛(建築家)
建築家。横浜国立大学大学院建築都市スクールY-GSA教授。1966年東京都生まれ。 1990年横浜国立大学大学院修士課程修了、妹島和世建築設計事務所入所。 1995年妹島和世と共にSANAA 設立。1997年西沢立衛建築設計事務所設立。 主な受賞に日本建築学会賞、村野藤吾賞、藝術文化勲章オフィシエ、ベルリン芸術賞*、プリツカー賞*。(*はSANAAとして妹島和世との共同設計及び受賞)
 


京都会場
京都大学(吉田キャンパス)

文学部 第3講義室
京阪本線「出町柳駅」徒歩10分
京都市営バス「京大正門前」または「百万遍」下車

5月22日(金)18:30 - 20:30 (18:10開場)
入場無料|定員: 先着100名|要申込


基調講演 芦澤竜一(建築家)
建築家。滋賀県立大学准教授。1971年神奈川県生まれ。1994年早稲田大学卒業後安藤忠雄建築研究所勤務。2001年芦澤竜一建築設計事務所設立。主な作品にBAMBOO FOREST&HUTS WITH WATER、琵琶湖のエコトーンホテル、風の音(楽器としての建築)、FACTORY ON THE EARTHなどがある。日本建築士会連合会賞、サスティナブル住宅賞、JIA環境建築賞、パッシブデザインコンペ2014大賞、LEAF AWARD(イギリス)、ENERGY GLOBE AWARD(オーストリア)、RE-THINKING FUTURE SUSTAINABILITY AWARD(インド)など国内外で多くの賞を受賞している。
 

座談会 | 高野山の歴史や文化、そしてこれからの環境について

本多友常(摂南大学教授・和歌山大学名誉教授)× 森本一彦(高野山大学准教授)× 平沼孝啓(建築家)




参詣者を迎える大門


壇上伽藍


奥の院参道


壇上伽藍


本多友常
(摂南大学教授・和歌山大学名誉教授)


森本一彦
(高野山大学准教授)


平沼孝啓
(建築家)


座談会の様子

――― 全国の学生が参加するこの建築学生ワークショップは、関西圏で開催地を変えながら開催していきます。歴史遺産とされる場所で開催することにより、建築や芸術、デザインを学ぶ若い世代が、特性をはっきりと持つ場所でしか体験できない貴重な経験を通じて、場所のコンテクストからの建築の解き方を深めていくきっかけをつくっていきたいと思っています。 そして今年は、日本の仏教の中心に位置する高野山という特殊な場所の魅力にひかれて、開催地として希望をしました。この場所の特性を用いるため、大きく分けて「歴史」「場所性(地形)」「現代の問題」の観点から提案の端緒を探りながら、ワークショップ開催の意義についてお伺いしたいと思います。 今日は、和歌山大学で長らく教鞭を執られた和歌山大学名誉教授の本多先生、高野山大学で密教文化・民俗・社会学の教鞭と執られている森本先生、そしてこの建築ワークショップのオーガナイザーとしての役割を担ってくださっています、建築家の平沼先生にお話しをお聞きしながら、今年の高野山でのワークショップ開催についてお聞きします。

平沼:僕からはじまりの質問として、弘法大師空海による開創1200年になる今年、高野山でこのような建築学生ワークショップが開催されることは、とても貴重な機会だと感じています。そしてこの地に存在する、織田信長や武田信玄など、歴史的な人物の墓石が多いのは、敵も味方も隔てない仏教思想「怨親(おんしん)平等」が根付いているからだとお聞きしたことがあります。 まずは、この高野山という現代にまで続く聖地のような場所がもたらした思想の背景にある、この地に暮らした人たちの生活背景はどのようなものだったのでしょうか。

森本:高野山は、今は街になっていますが、もともとは修行の場でした。紀伊半島の真ん中という絶妙の場所にあり、明治になるまでは、女性が入ることのできなかった聖域でした。真言密教の聖地だと言われますが、民間信仰のレヴェルで言えば、山岳信仰の拠点であり、霊が登る山として山中他界の信仰があり、かなり神秘性をもたった場所だと思います。それから西国三十三所巡礼の番外であり、四国八十八所遍路を回り終わった後に高野山に参詣します。修験道の本拠地でもあり、山伏が行き来する場所でもあります。高野山は、宗教のクロスする場所でもあり、すごく深い意味を持ったところだと理解いただきたいと思います。

本多:現在、高野山は今お話しをいただいたように、宗教の中心地であるということですが、観光地の一つでもあり、既に一つの街が出来上がっています。しかし山内のほとんどの土地は金剛峯寺さんによって所有されており、一番肝心なのは、ここは儀式の場として組立てられた境内まちであることです。根本的には儀式を執り行うために街が組み立てられてきた。私たち庶民から見ると、まちづくりの観点から地域環境を読み解いていくことが一般的な所作となりますが、ここではまちづくりとは切り離された聖域として、空間編成がされているわけです。 地形的に言いますと、一般的な市街地は山に囲まれて、盆地のような平らな部分に発生するのが普通ですけれども、高野山の場合は山上に開かれています。このようにユニークな空間構成を背景として受け継がれてきた町の空気に触れて、学生の皆さん達がどのように触発されるか、そこが非常に興味深いところです。 森本先生も、まちづくりの観点で、いろいろなご研究をされていますね。この地の特殊解と一般解のギャップ、ものの見方をお聞かせいただけると面白いかなと思っています。

森本:高野山は、修行の場所として発展しており、山に囲まれて聖域が成立しています。八葉って言うのですが、八つの蓮の葉のように、周りを八つの山に囲まれています。弘法大師の時代には、一般の方は住んでいなかったのだと思います。寺のお手伝いをする方はいたと思いますが、参詣者が増えた戦国期以降、江戸時代に入ってからお店ができて、今の風景の原型になるようなものができてきたと思います。お寺の軒先を借りて商売をする絵が残っています。女人禁制のために男の人しか登れないために、山内では家族を構成していませんでした。明治ぐらいまでは麓から通いで来ていたという話も聞きます。弘法大師以来の修行の場としての寺院の配置と、江戸時代から発展してくる商家、町家のまちづくりという2系統が併存していたということです。明治になって、もともとあった2,000程のお寺を合併して、現在の120程になります。今でも、お寺の看板に3つくらいの寺の名前が書かれていることがあります。明治以降に土地割りもずいぶん変わっているようです。

本多:商家の方々をはじめ、山内に住んでいらっしゃる方々は、高野山真言宗総本山金剛峯寺から土地を借りているわけですね。つまりまちの成り立ちは、本山に寄り添う形で発展してきたともいえます。それで、一つの金剛峯寺山としてふさわしい場所となるようなものしか認められないということがあるんです。逆に言うと、いわゆる自由経済的な状況下で生活環境が形成されているかというと、少し違うところもあるわけです。 高野山の山内空間の変容は、「高野山開創記念大法会」と「弘法大師入定御遠忌」のふたつの法要を節目として約25年ごとに変化し続けてきました。近代の変遷を見ると、明治政府発足以降領地返上により特権が取り上げられ、維新による疲弊の時代を経験しています。それでも信仰の力は強く、1050年の御遠忌を経て今日に至っています。しかし明治21年には大火があり、寺院はもちろん会下を借りて商売をしていた人々の入れ替わりが生じました。その後復興に伴い世俗化も進行し、山内の風紀が乱れてきた。今の高野山大学がこの地に移転した経緯も、そこを再開発して軌道修正をする時代であったといえます。そのあと交通インフラが整備され、南海電車が極楽橋まで接続し、ケーブルカーが1930年に山上まで開通しました。このように開創法会と御遠忌の法要に向けて、その度に全国から膨大な人たちが集まる。それに合わせて街が変わってきているわけです。電車の後は車の社会となり、この1200年開創法会を迎えることになります。これを期に今まで街の真ん中を通っていた車道を迂回させるルートが実現されます。街の住民は、ことあるごとに交通渋滞に悩まされていた訳ですが、迂回路によって助かる面があると同時に、訪問者が減りはしないかとも心配しています。その点では今回の開創法会においても急激な変化の節目を迎えていることにもなります。

平沼:なるほど。こういう場所性の話でいくと、地域としては開いているんですよね。

本多:そうですね。山上平地に集結した寺院の独立性はありますが、外部に対して閉ざすような雰囲気は無いですね。それは色々な方々が昔からいっぱい出入りされた歴史を引き継いでいるからだと思います。今、高野山の人口は3,000人を切っていますが、参詣者、観光者の総数は年間120万人以上とも言われています。普段は信仰心を抱いていない方々でも、一度は行ってみたいという神秘性を備えた場所です。霊的なものが漂う雰囲気に満たされた場所性があるという事だと思います。

平沼:なるほど。僕がもう一つ知りたいのは、今までの歴史を次に繋いでいく時に、今高野山が抱えている問題点ってありますか。

森本:たくさんあります。時代に合わせて無計画に色々な事をやってきたという事です。景観条例は京都で有名ですけれど、実は高野町の景観条例はもっと徹底しています。ところが、それに則って実施されてない部分もあります。色んな考え方があり、都市に近づきたいという考え方もあります。学生さんも、5~6時に店が閉まるのは耐えられないので、24時間のコンビニも欲しいという意見もあります。そうすると高野山に世俗的なものが入ってきます。もう少し言うと、驚くようなものもあります。高野山大学に下には肉屋さんがあったりして、寛容性というのか、何でも取り込める要素をもっています。何を入れて何を入れないのかという問題を、金剛峯寺、お寺さん、行政あるいは街の人が、話し合っていく場が弱いのかもしれません。

平沼:世俗的なもの、僕も生活していたらコンビニも必要だなって思うのですが、霊的な場としての印象が薄くなるのは否めないですね。そのバランスとか観光都市としての役割の中で、どう解決していくのが良いでしょうか。

森本:全体的に「観光」に傾いているように感じます。今、和歌山県が観光を押し進めています。例えばWi-Fiの普及とか、免税店を増やすとかいう政策を推進しています。和歌山大学の観光学部をつくったことは、その象徴なのかもしれません。他の観光地、例えば和歌山県内では白浜などがありますが、高野山はやはり宗教を中心として考えるべきでしょう。あくまでもお参りしてもらう場であると思ってもらわないといけないと思いますが、その辺のコンセンサスが取れてないのが問題だと思います。

本多:難しい所ですね。いわゆる聖なる世界の裏には俗なる世界が貼り付いています。完全な宗教都市、宗教の地だけではいかない部分が存在します。都市、街のつくり方でも、表通りの背後に日常性を支える店舗が配列され、参詣に来た人達がハメを外す俗界も同時に存在していたことは否定できません。 元々女人禁制だったのですが、明治以降日露戦争で男手がいなくなる状況もあったらしく、時代の流れもあってその山規は解除されました。それでも実質的には女人禁制の状態は長く続いたようですが、今ではすっかり変わっています。このように見てくると高野山は不動の聖地にも見えますが、常に変化し続けてきたことがわかります。俗化する事によって聖性が失われる心配もありますが、今尚外国からの方々が来ても、神秘性を感じるものは失われていないようです。 私も昔は毎年冬の一番寒い時に宿坊を利用させていただきましたが、雪に閉ざされた縁に出て手水を使うときのしんしんとした寒さと月明かり、そういうもの全てにたいし日常とは違う感覚を受けていたことが脳裏に刻まれています。またそこで修行されている若い僧侶の方々にお世話をしていただく訳ですが、その姿を見せていただくだけでも、ありがたさを感じたものです。

森本:高野山は不思議な場所で、霧が多いんです。標高800mくらいなのに、すごく水が豊富です。川が流れていて、すごく霧が発生しやすい環境なのでしょう。ところが街中はなかなか霧が立ち籠めないのです。車で下に降りていくと、霧が立ち込めていることも多いんです。不思議な環境というか気候です。真言密教では、特に護摩を焚きます。それが祈祷であり修行でもあるのですが、煙がもんもんと立ち籠めて神秘的です。宿坊に泊まられたら、6時くらいから朝のお勤めがありますので、ぜひとも早起きをして参加してください。早朝から辛いですけれど、暗くてなんか自分が違う世界に来たのではないかという雰囲気の本堂でお勤めが行われます。普段は8時まで寝ている自分が6時に起きて、お経の意味が分からなくても、座ってお経を聞いているだけで、その時だけは自分がちょっと別の人間になった感じになります。宗教性というのはそんなところにあるのかなと思います。

本多:森本先生は富貴のご出身なんですね。

森本:そうですね。高野山の周辺は、急な傾斜地に立地する集落が多くあります。高野山は上にあって平地ですが、その谷筋などに、斜面に張りつくように位置しているところが多いのですが、富貴は割りと広い盆地になっています。高野山領だったので、高野山に米を送るとか、毎月野菜を奥の院や他のお寺に納める雑事(ぞうじ)登りという習慣があります。雑事は中世の税です。高野山では第一次産業は禁じられていました。ある書物には、下肥を使用する農業は汚れているので禁じると書いています。だから山上で農業をする事はできなかったのです。そうすると周辺の地域が高野山をサポートせざるを得なかったのです。米は当然ですが、宿坊で使っていた箸を削っていた村だとか、或いは位牌の型を作っていた村だとか、炭を作っていた村があったようです。それが一体となって高野山なのです。高野山だけでは存在し得ないし、お坊さんが修行に専念するためにはそういうサポートが必要だったのです。これは都市と地方の本来あるべき姿だと思います。

本多:そうですね。いろんな場所があっていろんな役割が分化されていたんですね。全体で、精神世界も含めて一つのバランスとれた社会が組み立てられていたという事ですね。

平沼:今回、WSを開催させてもらうにあたって、学生のみんなは現地に入り、ものをつくる使命があるんです。どういう事を手がかりにつくっていけばいいですか? 読み解き方とか、こういう事に着目してみれば、というところがあれば教えてください。

本多:既に現存している街とお寺の関係の中で、皆さんの作品が並べられる訳です。そうすると、場所に関係のないものが宇宙船のように着陸するのではなくて、その場において空間的な文脈を読み解くことが重要なことだろうと思います。さらに、街全体が境内です。門前町じゃなくて境内町ですから、内面性が露出した場の真只中に身を置く事になるわけです。そこに一般の私達にはすぐには読み解けない歴史的な意味合いが込められていると思いますが、知識や経験の深さとしてではなく、フレッシュな感覚でそこにあるものを素直に捉えてほしいと思います。

森本:歴史とかその場所の系譜に位置付けるということをしてほしいですね。

――― このような場で建築をつくるっていう事は、建築家の方にとっても難しいことですよね。学生の特権でつくれるっていうことは、参加学生たちにとって一生のうちに二度とない経験ができる機会になると思います。小さなワークショップですけど、彼らが大人になった時に、こんなところでつくったと言えるようなものにできたらすごく素敵ですね。

本多:そうですね。この話を聞いていたときに、実はとても難しそうだなって思ったんですよ。実際にできるのだろうかって。そんなの金剛峯寺さんが許可してくれるのだろうかと思っていました。すごいですよね。

森本:世界遺産で作品を作れるのですから、すごいことですよね。

――― たいへん貴重なお話しが聞けて、今日はどうもありがとうございました。この座談会を通じて、このワークショップが参加学生にとって、とても貴重で意義深いものになるような気がしています。そして将来、この場所で開催した意義につながっていくような提案作品を募りたいと思います。

(2015年4月 平沼孝啓建築研究所にて)


聞き手:NPO│AAF(田中天・京都造形大学大学院)
編集後記
2010年 平城宮跡(奈良)で開催をした時は、制作場所と設置場所が分離をした状態での合宿に挑みました。仮組みを行い設置する場所に運搬し組み立てるのですが、敷地のアンジュレーションを読み取らず、完全にフラットな状態だと思い込んだ私たちは、公開プレゼンテーションの当日の朝まで、夜通しかけて応力の「バランス」を体験で知ることになりました。竹生島(滋賀)は琵琶湖に浮かぶ島。島への渡航手段はもちろん船です。自然環境という関係性と地理的な位置づけを身体的に感じながらも、制作が天候に左右されてしまうため、穏やかに晴れることを祈る毎日。次第にこの島がもつ魅力に惹かれるようになり、琵琶湖の雄大な環境に囲まれ、古来より多くの人が祈りを捧げてきた地で、何としてでもこの小さな建築を実現したいという願いが日増しに強くなっていきました、参加メンバーの絆が深まり、最終の発表会では感極まり、多くの参加学生が泣き出していました。そんな、私の18才の頃の大きく大切な記憶を想い返していました。

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