建築学生ワークショップ
比叡山2017

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全国の大学生たちが小さな建築を、比叡山・延暦寺に8体実現。
参加募集パンフレットPDF

プレスリリースはこちら
 
延暦寺は「古都京都の文化財」の一環としてユネスコの世界遺産に登録された、京都市と大津市にまたがる天台宗総本山。現在も、籠山行や千日回峯行などの厳しい修行が現代まで続けられている日本仏教の代表的な聖地において、2017年夏、建築学生ワークショップを開催します。



【参加予定講評者】

建築・美術両分野を代表する評論家をはじめ、第一線で活躍をされている建築家や
世界の建築構造研究を担い教鞭を執られているストラクチャー・エンジニアによる講評。
また、近畿二府四県の大学で教鞭を執られ、日本を代表されるプロフェッサー・アーキテクトにご参加いただきます。

五十嵐太郎 (建築史家・建築評論家 │ 東北大学 教授)
石川 亮   (美術家 │ 成安造形大学 研究員)
西沢 大良 (建築家 │ 西沢大良建築設計事務所 主宰)
南條 史生 (美術評論家 │ 森美術館 館長)
竹原 義二 (建築家 │ 無有建築工房 主宰)

江村 哲哉 (構造家 │ アラップ構造エンジニア)
腰原 幹雄 (構造家 │ 東京大学 教授)
櫻井 正幸 (旭ビルウォール 代表取締役社長)
佐藤 淳   (構造家 │ 東京大学 准教授)
陶器 浩一 (構造家 │ 滋賀県立大学 教授)

芦澤 竜一 (建築家 │ 滋賀県立大学 教授)
新井 清一 (建築家 │ 京都精華大学 教授)
遠藤 秀平 (建築家 │ 神戸大学 教授)
幸家 太郎 (建築家 │ 幸家太郎建築研究所 主宰)
長田 直之 (建築家 │ 奈良女子大学 准教授)
平田 晃久 (建築家 │ 京都大学 准教授)
平沼 孝啓 (建築家 │ 平沼孝啓建築研究所 主宰)
藤木 庸介 (建築家 │ 滋賀県立大学 准教授)
本多 友常 (建築家 │ 摂南大学 教授)
横山 俊祐 (建築家 │ 大阪市立大学 教授)
吉村 靖孝 (建築家 │ 吉村靖孝建築設計事務所 主宰)




【スケジュール】  
1月1日(日) 参加者募集開始
5月11日(木)予定 参加説明会開催(東京大学) 西沢大良
5月18日(木)予定 参加説明会開催(京都大学) 平田晃久
5月31日(水)23:59必着 参加者募集締切(参加者決定)
6月24(土) 現地説明会・調査
7月22日(土)~ 23日(日) 提案作品講評会(1泊2日)
   22日(土)   提案作品講評会
   23日(日)   実施制作打合せ
7月24日(月)~ 8月21日(月) 各班・提案作品の制作
8月 22日(火)~ 8月28日(月) 合宿にて原寸制作ファイナル(6泊7日)
   22日(火)   現地集合・資材搬入・制作段取り
   23日(水)~ 26日(土)   原寸模型制作(実質4日間)
   27日(日)   公開プレゼンテーション
   28日(月)   清掃・解散
 

【開催の経緯】
 建築ワークショップとは、建築や環境デザイン等の分野 を専攻する学生がキャンパスを離れ、国内外にて活躍中の建築家を中心とした講師陣の指導のもと、その場所における社会的な実作品をつくりあげることを目的としています。2001年度から始まったこのワークショップは過去に山添村(奈良県)・天川村(奈良県)・丹後半島(京都府)・沖島(滋賀県)などの関西近郊の各地で行われ、それぞれの過疎化した地域を対象に提案を行い、市や村の支援を得ながら、有意義な成果を残してきました。

 第10回目の開催となった2010年度より、新たに今までの取り組み方とは志向を変え、一般社会にも投げかけてゆけるようなイベント型の催しになっていくことを目指し、「平城遷都1300年祭」の事業として、世界文化遺産(考古遺跡としては日本初)にも指定されている奈良・平城宮跡で開催しました。
 続く、2011年度は滋賀・琵琶湖にうかぶ竹生島(名勝史跡)にて開催。このような特殊な環境において、地元の建築士、工務店の方々に工法を教えていただきながら、原寸の空間体験ができる小さな建築物の実制作を行い、地域協力のもと、船上にて一般市民を招いた公開プレゼンテーションを行う等、これまでにない新たな試みを実施しました。
 2015年度は、開創1200年を迎えた和歌山県・高野山。1,000メートル級の山々に囲われた聖地で、全国から集まり、歴史や場所の特性を知るため、現地・高野山にてフィールドワークから実施しました。異なるバックグラウンドを持つ学生同士が様々な視点からの論議を行い、案をまとめ、原寸大のスケールで体験できる作品を制作しました。
 8月30日の最終日には、高野山金剛峯寺の協力のもと大師教会大講堂での一般市民や地域住民に向けた公開プレゼンテーションにて、その成果を発表しました。
 2016年度は、飛鳥時代の宮殿や史跡が多く発掘されている事で知られ、「日本の心の故郷」とも紹介される明日香村で作品制作を行い、9月4日には制作した8つの作品を展示し、国土交通省の協力のもと四神の館での一般市民や地域住民に向けた公開プレゼンテーションにて、その成果を発表しました。

 

【開催目的】
1.学生のための発表の場をつくる
 学内での研究活動が主体となっている学生にとって、一般市民に開かれた公開プレゼンテーションを行うこと自体が非常に貴重な体験となります。また、現在建築界で活躍する建築家を多数ゲスト講師に迎えることで、質の高い講評を参加者は受けることができます。また、ワークショップ終了後の会場での展示や、会期報告としてホームページや冊子の作成を行い、ワークショップの効果がさらに継続されるような仕組みをつくります。
2.教育・研究活動の新たなモデルケースをつくる
 海外での教育経験のある講師を招聘する等、国際的な観点から建築や環境に対する教育活動を行うワークショップとして、国内では他に類を見ない貴重な教育の場を設けます。また、行政や教育機関の連携事業として開催することで、国内外から注目される教育・研究活動として、質の高いワークショップをつくることを目指します。
3.地球環境に対する若い世代の意識を育む
 現在、関西地方には、世界に誇る貴重な文化遺産を有する京都や奈良、琵琶湖や紀伊半島の雄大な自然など、豊かな環境が数多く残っています。しかしながら、近年の社会経済活動は環境への負荷を増大させ、歴史的に価値の高い環境をも脅かすまでに至っています。このワークショップでは一人一人が地域環境の特殊性、有限性を深く認識し、今後の建築設計活動において環境への配慮を高めていくと同時に、地球環境の保全に貢献していくことをねらいとしています。次世代を担う学生たちが、具体的な経験を通して環境に対する意識を育むことは、環境と建築が共存できる未来へと、着実につながるのではないかと考えます。 4.地域との継続的な交流をはかる
 歴史、文化、自然が一体となって残る地域の特色を生かしたプログラムを主軸に、特殊な地域環境や、住民との交流によって生み出される制作体験を目的としています。各地域には、それぞれの土地で積み重ねてきた歴史や文化、風土があり、短期間のイベントであればそれらを深く知ることはできませんが、数ヶ月にわたる継続的な活動を前提として取り組むことで、より具体的な提案や制作によって、地域に還元していくことができると考えています。

"今、この場所から"  日本仏教の代表的な聖地において


 その場所のもつ歴史や意味、地形や風の流れといった文脈を読むことを始点として建築はつくられていきます。ですから、建築にとって「場」を読み解くことは始まりであり、最も重要なことといえます。これを学ぶことは建築の道を歩み始めた学生にとって大切であり、実地でなければ学び得ないことだと考えています。

 比叡山1200年の歴史の中で培われてきた人間のちから。その霊場のもつ自然のちから。これらを、その場に身を置き、天台宗の教えにふれながら読み解いていく。その過程で他校の生徒はもちろん、地域の方々や参拝の方々の様々な考えにふれながら読み解いていく。普段、学内の似通った価値観の中で学んでいる学生にとって、大変貴重な経験になります。

 比叡山延暦寺は、世界の平和や平安を祈る寺院として、さらには学問と修行の道場として、日本仏教各宗各派の祖師高僧を輩出し、日本仏教の母山と仰がれています。

 山内は 「東塔(とうどう)」「西塔(さいとう)」「横川(よかわ)」と呼ばれる3つの区域に分かれており、東塔は現在、西塔は過去、そして横川は未来空間を現し、そのご本尊をお参りすることで、根本に立ち返り、今、生かされていることに感謝をする祈りの場所となっています。

 日本仏教の中心である比叡山に、全国で建築を学ぶ大学生が集まり、過去1200年に渡って受け継がれてきた歴史を、現代の問題とともに未来へとつなげていくために、「今、この場所から」伝えていくべきことを、それぞれが真剣に考え、原寸大の空間として表現します。延暦寺発祥の地であり、本堂にあたる根本中堂を中心とする区域において、作品を展示することで、訪れた人が中に入り、心を落ち着かせ、祈りを捧げることができる、小さな建築空間を創出します。

 将来を担う学生たちが今という時代に向き合い、この場所でできることに全力で取り組むことで、「今、この場所から」世界に向けたメッセージを発信していきます。学生たちはきっと、その若い感性によって新たな発見をし、未来を創造する提案をしてくれることでしょう。

【建築学生ワークショップとは】

 建築ワークショップとは、建築や環境デザイン等の分野を専攻する学生がキャンパスを離れ、国内外にて活躍中の建築家を中心とした講師陣の指導のもと、その場所における場所性に根づいた実作品をつくりあげることを目的としてきました。2001年度から始まったこのワークショップは過去に山添村(奈良県)・天川村(奈良県)・丹後半島(京都府)・沖島(滋賀県)などの関西近郊の各地で行われ、それぞれの過疎化した地域を対象に提案し、市や街、村の支援を得ながら、有意義な成果を残してきました。

  第10回目の開催となった2010年度より、新たに今までの取り組み方の志向を変え、一般社会にも投げかけてゆけるような地元の方たちと共同開催での参加型の取り組みとなっていくことを目指し、「平城遷都1300年祭」の事業として、世界文化遺産(考古遺跡としては日本初)にも指定されている奈良・平城宮跡で開催しました。続く2011年度は滋賀・琵琶湖に浮かぶ「神の棲む島」竹生島(名勝史跡)にて、宝厳寺と都久夫須麻神社と共に開催。無人島とされている聖地に、地元周辺の方たちと汽船で通う取り組みを行いました。

 そして一昨年は、開創法会1200年となる100年に1度の年に、高野山・金剛峯寺(世界文化遺産)との取り組みから、境内をはじめ周辺地区での開催をしました。そして昨年は、昭和58年11月7日に聖地・キトラ古墳で、ファイバースコープによって北壁の玄武図が発見されてから30年を経て、公開される直前のキトラ古墳と国営飛鳥歴史公園の開演プレイベントとして、キトラ古墳の麓に小さな建築を8体実現しました。

 このような日本における貴重で特殊な聖地における環境において、地元の建築士や施工者、大工や技師、職人の方々に古典的な工法を伝えていただきながら、日本を代表する建築エンジニアリング企業・日本を代表する組織設計事務所の方々や多くの施工会社の皆様、そして建築エンジニアリング企業の方たちによる技術者合宿指導により実制作を行い、地元・地域の多くの方たちによる協力のもと、原寸の空間体験ができる小さな建築物の実現と、一般者を招いた公開プレゼンテーションを行う等、これまでにない新たな試みを実施してきた、全国の大学生を中心とした合宿による地域滞在型の建築ワークショップです。

 
2016年度開催の様子(こちら → )
 



対 談 | 聖地を受け継ぐ建築学生ワークショップ2017 国宝根本中堂「平成の大改修」始まりの年に

武円超 (比叡山延暦寺・管理部主事) × 平沼孝啓 (建築家)
NPO/AAF 松本ガートナー


武 円超氏(左) 平沼 孝啓氏(右)


対談の様子


根本中堂


対談の様子


対談の様子


恵心堂


阿弥陀堂


対談の様子

――― 全国の大学生が参加するこの建築学生ワークショップは、関西圏で開催地を変えながら開催していきます。特性をはっきりと持つ場所で開催することにより、建築や芸術、デザインを学ぶ若い世代が、歴史遺産とされる場所でしか体験できない貴重な経験を通じて、場所のコンテクストからの建築の解き方を深めていくきっかけをつくっていきたいと思っています。
 そして今年は、日本の仏教の中心に位置する比叡山という一種、特殊な場所の魅力にひかれて、開催地として希望をしました。この場所の特性を用いるため、大きく分けて「歴史」「場所性(地形)」「現代の問題」の観点から提案を求めるものを探っていきながら、ワークショップ開催の意義についてお伺いしたいと思います。
 本日は、来年の開催に際して多大なご尽力をくださいます、比叡山延暦寺の武先生、そして、この建築ワークショップのオーガナイザーとしての役割を担い続けてくださいます、建築家の平沼先生にお話しをお聞きしながら、今年の比叡山でのワークショップ開催についてお聞きします。

平沼:はじまりのご質問をする前に、比叡山延暦寺は、世界の平和や平安を祈る寺院として、さらには「学問」の修行の道場として、日本仏教各宗各派の祖師高僧を輩出された、「日本仏教の母山」と仰がれています。山内は 「東塔(とうどう)」「西塔(さいとう)」「横川(よかわ)」と呼ばれる3つの区域に分かれ、東塔は「現在」、西塔は「過去」、そして横川は「未来」空間を現し、そのご本尊をお参りすることで、根本に立ち返り、今、生かされていることに感謝をする「祈り」の場所とお聞きしてきました。まずは、この山が現代にまで続く聖地のような場所となり、現代にもたらした思想の背景にある、この地に暮らす人たちの生活背景はどのようなものでしょうか。

:今年は、伝教大師最澄上人が誕生されて1250年の年でした。最澄上人は比叡山の麓、坂本で生まれたことから、ご生誕の地「生源寺」を中心に、坂本にある学校や街も一緒になって、現在もお祭りや法要をしています。また平成24年から始まりました「祖師先徳鑽仰大法会」では、延暦寺には多くの高祖、祖師の方がおられますが、その方々の遠忌も含めて、平成33年の伝教大師1200年大遠忌をお迎えすることになっています。

平沼:「大法会」というような法要やお祭りを重ねることにより、山あっての街、街あっての山の関係をずっと築きあげているのですね。武さん、根本中堂・平成の大改修の時期は、大法会と重ねたということでしょうか。

:いえ、今回の大改修は、たまたま重なったといった方が良いかもしれません。多くのお堂もそうですが、大改修は基本的に60年くらいに1度。うちの根本中堂と知恩院御影堂、清水寺本堂などは、ほぼ同じ時期、徳川三代将軍家光公の時に建立しました。根本中堂は1642年に竣工で、現在までで370年ぐらいです。建立からの改修頻度は、60年だったり、70年だったりという期間の変化はありますが、大体60年ぐらいで、屋根がもたなくなってくるんですよ。平沼さんは、よくご存じだと思いますが、屋根が悪くなって雨漏りしたりすると、建物全体がものすごく痛んでしまう。創建当初は、根本中堂本堂も全部栩葺きになっていたのですが、江戸時代後期の改修の中で、銅板に変わってきました。銅板はハゼが切れてしまうので60年を目処にしています。知恩院さんも清水寺さんも保存修理をされていますが、これまでも同じような時期に改修しています。今回もほぼ同じ時期だったのですね。

平沼:銅板という素材全体が悪くなるわけじゃなくてハゼの部分。改修という再建を重ねることで、この技術の継承が蓄積され、建築を存在させているわけですね。そしてこの延暦寺は、世界平和を守る寺院として、学問の修行の場として、日本の母山と呼ばれている場所です。これまで1200年以上、思想という存在が継承され続けた理由は何でしょうか。

:延暦寺は皆さんが昨年開催された高野山と同じ時期に開かれているので、根底にあるものは同じようなことだと思うのですが、人を惹きつける何かがあると感じています。高野山は密教を中心とした真言の教えですし、うちは法華経を中心とした天台の教えです。天台の教えは、法華経が一番中心ですが、密教や座禅、戒律も重要な要素となっています。このように多くの教えがあるので、日本仏教の母山と言われています。浄土宗や浄土真宗、日蓮宗など、鎌倉新仏教といわれる、新しい宗派のお祖師さん。法然さんや親鸞さん、日蓮さんや栄西さんは、皆、比叡山で修行をされています。それぞれ比叡山で学んだ教えを持ち帰り、各地で深め広めていった。新しい宗派というのをつくり受け継がれていかれたのですね。
また比叡山は修行の山です。「修行」と言えば厳しそうですが、厳しいだけが修行ではありません。もちろん現在も続く、千日回峰行や浄土院の十二年籠山行、礼拝行や座禅、そういった目に見える行はもちろん「修行」といいますけど、今日、こうやって平沼さんとお話ししているのだって、お坊さんにとっては修行と言えます。天台宗の基本とされる修行は「四種三昧行」と言って4つあります。1つは「常坐三昧」という常に座っているだけの修行。座禅をするっていう修行方法。2つ目は「常行三昧」という、「南無阿弥陀仏」と阿弥陀さんの名前を唱えながら、仏さんの周りを歩く行。そして3つ目は「半行半坐三昧」という、半分ずつですね。座るのと、歩くのと、半分ずつ行っている行。これは基本的に形の決まった3つの修行なんですが、それ以外に「非行非坐三昧」というのがあります。座る事もしない、歩く事もしない行。それは日常生活なんです。形にとらわれない日常生活でも修行になりますよっていう事で、日ごろの行いをおろそかにしないようにという事を言われています。テレビでみるような「修行は滝に打たれて」という形あるものだけが修行ではないのです。私たち僧侶のやっていることは、一般の方々を、仏様の世界に導く橋渡しをすることです。もちろん私たちだって、悟りを開いて仏さんの世界に行ってみたいという気持ちはありますけど、一般の方々にこの仏様の教えを伝えて、それによって皆さんの心や気持ちを救いたいということが、1番の目的になります。私たちも1人で行をしていたらそれで良いのかというと、やっぱりそうではないですよね。人間1人ではやっぱり何も成し得ないものですよね。

平沼:来年、「建築ワークショップ」という取り組みを、この地で開催させていただく中で、参加する学生たちが、比叡山という山や坂本という街、場所のコンテクストを手掛かりに「延暦寺」での表現方法や提案を考えてきます。この学問を通じた修行の場所を現代まで繋いできた経緯を含めて、次の世代に繋いでいく時の「問題」は、今、何か抱えておられますか。

:たくさんありますが、まずはやはり日本人が、宗教というものから離れてきてしまっていることですね。観光としては山に来てもらえるけれど、天台宗の教えを広めるっていうところまではなかなか根づかない。もちろん来てもらうだけでも、その教えを知るひとつにはなるのですが、なかなか深まらないのが心配です。あと私たちみたいな僧侶の成り手です。やっぱりお坊さんが居ないとね、お寺を守っていけない。どこのお寺さんも同じような悩みだと思います。比叡山では昔、何千人という僧侶が修行していました。しかし明治時代になって「神仏分離」や「廃仏毀釈」があって、お寺の勢いは減ってしまいました。そして現代になって、いろいろな情報が人の周りに入ってくるようになって、仏教に興味を持つことも減ってしまったのではないのかと思います。比叡山でも「小僧さん」と呼ばれる若い人たちがお寺へ手伝いに来ていたのですが、現代はほとんどいないですね。

平沼:なるほど。もうひとつお聞かせください。比叡山は延暦寺さんが山の全ての管理をされてこられたと思うのですが、この美しい山の継承の歴史をお聞かせください。

:そうですね、私たちは現在1,600㌶以上の山林を保有しています。延暦寺の山林の範囲は滋賀県の琵琶湖からの見た比叡山のほぼすべてと、京都からは山頂付近のすこしの部分です。そしてこれまでの歴史は、古い記録に遡ると、江戸時代に「法度」という今でいう法律がありましたが、比叡山には山林に関する「法度」が出されています。例えば「ここの木々は伐採したらだめですよ」というものですね。比叡山は、織田信長による焼き討ちあり、その後江戸時代にかけて多くのお堂を建て直すのに、たくさんの木を使ったからだと思います。江戸時代にこのような法律が制定されて、山の木が守られるようになりましたが、明治に入ると先ほど話した「毀釈」というのがあって、延暦寺だけじゃなく日本全国のお寺もですが、境内地の大部分を国に没収されました。明治の初めに取られて、返還されたのが明治40年ごろ。山は約40年間放置されたままでしたので荒れていた。この荒廃した山を、比叡山にとって一番いい状態を目指し相談をはじめたのが、東京大学におられた林学博士の右田半四郎先生です。右田先生と比叡山の山林の施業計画をつくり、杉や檜を植え整備をしていきました。山の管理や維持を続けていくため、山林を守り整備を行い、木材を売却して収入を得るやり方です。そのため、現在の比叡山は、ほぼ人工林です。以前は山林収入が延暦寺の大きな収入のひとつでしたが、近年では木の価格が最盛期の1/10以下となり、山の整備を行っていくのには採算が合わないのが実情ですが、比叡山を守っていく上で、山林の整備は続けていかないといけません。

平沼:この山に学生らが入り、何か小さくても問題提議となるきっかけだったり、この場所を表現する建築をつくるんだ、という使命を持って参加します。どういうことを手掛かりにして、空間を表現していけばいいのかという読み解き方や、こういう所に着目していけばいいんじゃないか、というアドバイスをくださらないですか。

:私たちが、山林を保有し、守っていく上で一番大切にしているのは、「どこの、どれだけの木を倒したらいいのか」を、「修行の山」であることを念頭に置き、山の麓やどこから見ても「修行の山」であると分かるように、延暦寺としてふさわしい山づくりを行う。それは文化財を守っていくことにもつながると思います。
私たちは、山の本体はお大師さん。山に生えている木々は、お大師さんの衣である。と言っています。伝教大師さんの衣が破れていたら繕わないといけないので、伝教大師さんの衣が破れてないようにしなさいよ。と、そういう思いで山を管理しなさいと言われ続けています。恐らく、比叡山を訪れたことのない参加学生たちもいると思います。延暦寺にただ「お寺」という漠然としたイメージで来ると、自分の中の想像と大きく違うと思います。何か特別のイメージを持ってくるのではなくて、来てもらってから感じ、想い、考えてもらうのがいいと思います。

平沼:多くのプロセスをお聞かせくださったおかげで、制作のアイディアを探るきっかけになりました。最後になりますが、この比叡山という、場所の特徴をお聞かせください。

:比叡山は、京都の都と大きな関係があります。学生の皆さんもよく知る歴史ですが、794年 京都に平安京が移ってきました。この京都(御所)から見て「鬼門」の方向に比叡山があります。多くの建築を設計されておられるので、もちろん平沼さんは鬼門のことをよくご存知だと思います。今日の対談の設定をご準備され、AAFという法人の運営を担当し、建築学生ワークショップ比叡山の実現を担われている、海外で育たれた松本ガートナーさんや、参加される現代の学生さんに向けて少し話します。
「鬼」の姿は、虎柄のパンツを履いて牛の角が生えています。十二支で話すと、子、丑、寅、卯…と続くのですが、方位で示すと、子が北で、卯が東。この間に、丑寅があり、これが東北の方位を表し、東北の方向からは鬼のように良くないものが入ってくると言われています。京都から鬼門の方向見ると、比叡山があったのですね。当時の桓武天皇が京都に都を移した時、比叡山にお坊さんがいると聞いて、その最澄さんに「都を護ってほしい。」と頼まれました。そのため、現在も続く、延暦寺・根本中堂で毎日行うお勤めは、難しい言葉で「鎮護国家」といい、国を護るための祈願を行っています。現代では、ここ比叡山で仏教だけでなく、キリスト教やイスラム教など、さまざまな世界の宗教の代表者が集まる「比叡山宗教サミット」が毎年開催され、世界平和の祈りの集いの場所となっています。

平沼:今、お話しくださった歴史とか場所性とか、ここに根付く系譜に基づいた提案を、参加する学生たちにして欲しいと思うのと、根本中堂を中心とした区域を、お預かりさせていただくので、フォリーがメインじゃなくて、訪れた人たちを中心として、心を落ち着かせて祈りを捧げることができるような、そういう空間を求めていきたいと思います。本日は、ありがとうございました。

:こちらこそ、ありがとうございました。
来年の夏。このサマーワークショップで創られる、空間体験を楽しみにしています。

――― たいへん貴重なお話しが聞けて、本日はどうもありがとうございました。この対談を通じて、このワークショップが参加学生にとって、とても貴重で意義深いものになるような気がしています。そして将来、この場所で開催した意義につながっていくような、提案作品を募りたいと思います。

(平成28年12月22日 比叡山延暦寺 延暦寺会館にて)


聞き手: 松本ガートナー祥子
(AAF│建築学生ワークショップ法人運営マネージャー)
編集後記
「日本の建築」が世界に誇れる存在である理由は、比叡山延暦寺様のような長い時間に築かれた日本の精神性に関係が深いことをあらためて知る機会となりました。先祖の教えを敬い、自然を愛し、和をもって貴しとした、私たちがもつ大切な日本人の精神性だと感じています。
一般社会にも投げかけていけるようにと2010年より、地元の方たちと共同開催での参加型の取り組みになっていくことを目指し、平城遷都1300年祭の事業として、考古遺跡としては日本初の世界文化遺産、「平城宮跡(奈良)」での開催にはじまりました。続く2011年度は滋賀・琵琶湖に浮かぶ「神の棲む島」と称される名勝史跡、「竹生島(滋賀)」にて、宝厳寺と都久夫須麻神社と共に、無人島である聖地に、地元周辺の方たちと汽船で通う貴重な開催ができました。そして2015年、真言宗総本山の世界遺産 「高野山(和歌山)」では、開創法会1200年となる100年に1度の年に、金剛峯寺様との取り組みから、境内をはじめとした聖地で開催し、猛烈な暑さの中での開催となりました2016年の夏のワークショップは、日本の故郷とも称されるこの原初の聖地、「明日香村(奈良)」において開催を無事に終えることができました。ファイバースコープによって北壁の玄武図が発見されてから30年を経て、一般公開される直前のキトラ古墳と国営飛鳥歴史公園の開園プレ事業としての位置づけで、貴重なキトラ古墳の麓に小さな建築を実現されたことは、今後、建築をつくる生涯においても稀で、なかなか得難い大変貴重な経験となり、必ずや参加をした学生の皆さんの記憶に残る取り組みになったことでしょう。そして今年は、この聖地、比叡山延暦寺。日本を代表する建築家や構造家、全国の大学で教鞭を執られる先生方の厳しくも愛のある指導を受けることも、生涯の記憶に残るような幸運であったと、想い返すことになる貴重な機会となるでしょう。この大切な記憶がまたひとつ増えるような取り組みです。

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