建築学生ワークショップ
伊勢2018

- 開催の経緯
- 目的
- テーマ
- スケジュール
- 参加者募集


全国の大学生たちが小さな建築を、
伊勢・神宮周辺区域に8体実現。


参加募集パンフレット
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プレスリリース
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神宮は、三重県伊勢市にある神社本庁の本宗神社。古代より現代にも受け継がれてきた、我が国を代表する聖地において、2018年夏、建築学生ワークショップを開催します。



【参加予定講評者】

日本の文化を世界へ率いる方々や、建築・美術両分野を代表する評論家をはじめ、第一線で活躍をされている建築家や都市計画家、コミュニティデザイナー、構造研究を担い教鞭を執られているストラクチャー・エンジニアによる講評。また近畿ニ府四県で教鞭を執られ、日本を代表するプロフェッサー・アーキテクトの皆さまにもご参加いただきます。

五十嵐太郎 (建築史家・建築評論家 │ 東北大学 教授)
太田 伸之 (クールジャパン機構CEO)
栗生 明   (建築家 │ 千葉大学 名誉教授)
建畠 晢   (美術評論家 │ 多摩美術大学 学長)
南條 史生 (美術評論家 │ 森美術館 館長)
山崎 亮   (コミュニティデザイナー │ 東北芸術工科大学 教授)  

稲山 正弘 (構造家 │ 東京大学 教授)
腰原 幹雄 (構造家 │ 東京大学 教授)
櫻井 正幸 (旭ビルウォール 代表取締役社長)
佐藤 淳   (構造家 │ 東京大学 准教授)
陶器 浩一 (構造家 │ 滋賀県立大学 教授)

芦澤 竜一 (建築家 │ 滋賀県立大学 教授)
遠藤 秀平 (建築家 │ 神戸大学 教授)
竹原 義二 (建築家 │ 摂南大学 教授)
長田 直之 (建築家 │ 奈良女子大学 准教授)
平田 晃久 (建築家 │ 京都大学 准教授)
平沼 孝啓 (建築家 │ 平沼孝啓建築研究所 主宰)
本多 友常 (建築家 │ 摂南大学 教授)
横山 俊祐 (建築家 │ 大阪市立大学 教授)
吉村 靖孝 (建築家 │ 吉村靖孝建築設計事務所 主宰)





【スケジュール】  
1月1日(日) 参加者募集開始
5月10日(木) 参加説明会開催(東京大学) 腰原幹雄
5月17日(木) 参加説明会開催(京都大学) 山崎亮
5月31日(木)23:59必着 参加者募集締切(参加者決定)
6月23日(土) 現地説明会・調査
7月28日(土)~ 29日(日) 提案作品講評会と実施制作打合せ(1泊2日)
   28日(土)   提案作品講評会
   29日(日)   実施制作打合せ
7月30日(月)~ 8月27日(月) 各班・提案作品の制作
8月28日(火)~ 9月3日(月) 合宿にて原寸制作ファイナル(6泊7日)
   28日(火)   現地集合・資材搬入・制作段取り
   29日(水)~ 9月1日(土)   原寸模型制作(4日間)
9月2日(日)   公開プレゼンテーション
   3日(月)   撤去・清掃・解散
 

【開催の経緯】
 建築ワークショップとは、建築や環境デザイン等の分野 を専攻する学生がキャンパスを離れ、国内外にて活躍中の建築家を中心とした講師陣の指導のもと、その場所における社会的な実作品をつくりあげることを目的としています。2001年度から始まったこのワークショップは過去に山添村(奈良県)・天川村(奈良県)・丹後半島(京都府)・沖島(滋賀県)などの関西近郊の各地で行われ、それぞれの過疎化した地域を対象に提案を行い、市や村の支援を得ながら、有意義な成果を残してきました。

 第10回目の開催となった2010年度より、新たに今までの取り組み方とは志向を変え、一般社会にも投げかけてゆけるようなイベント型の催しになっていくことを目指し、「平城遷都1300年祭」の事業として、世界文化遺産(考古遺跡としては日本初)にも指定されている奈良・平城宮跡で開催しました。
 続く、2011年度は滋賀・琵琶湖にうかぶ竹生島(名勝史跡)にて開催。このような特殊な環境において、地元の建築士、工務店の方々に工法を教えていただきながら、原寸の空間体験ができる小さな建築物の実制作を行い、地域協力のもと、船上にて一般市民を招いた公開プレゼンテーションを行う等、これまでにない新たな試みを実施しました。
 2015年度は、開創1200年を迎えた和歌山県・高野山。1,000メートル級の山々に囲われた聖地で、全国から集まり、歴史や場所の特性を知るため、現地・高野山にてフィールドワークから実施しました。異なるバックグラウンドを持つ学生同士が様々な視点からの論議を行い、案をまとめ、原寸大のスケールで体験できる作品を制作しました。
 8月30日の最終日には、高野山金剛峯寺の協力のもと大師教会大講堂での一般市民や地域住民に向けた公開プレゼンテーションにて、その成果を発表しました。
 2016年度は、飛鳥時代の宮殿や史跡が多く発掘されている事で知られ、「日本の心の故郷」とも紹介される明日香村で作品制作を行い、9月4日には制作した8つの作品を展示し、国土交通省の協力のもと四神の館での一般市民や地域住民に向けた公開プレゼンテーションにて、その成果を発表しました。
 2017年度は、「古都京都の文化財」の一環としてユネスコの世界遺産に登録された、京都市と大津市にまたがる天台宗総本山、延暦寺にて開催しました。 国内でもまれに見る森林空間と古来の伝統的建築様式を今に伝える聖地で学んだことは、これから建築をつくる揺るぎない基軸となることでしょう。

 

【開催目的】
1.学生のための発表の場をつくる
 学内での研究活動が主体となっている学生にとって、一般市民に開かれた公開プレゼンテーションを行うこと自体が非常に貴重な体験となります。また、現在建築界で活躍する建築家を多数ゲスト講師に迎えることで、質の高い講評を参加者は受けることができます。また、ワークショップ終了後の会場での展示や、会期報告としてホームページや冊子の作成を行い、ワークショップの効果がさらに継続されるような仕組みをつくります。
2.教育・研究活動の新たなモデルケースをつくる
 海外での教育経験のある講師を招聘する等、国際的な観点から建築や環境に対する教育活動を行うワークショップとして、国内では他に類を見ない貴重な教育の場を設けます。また、行政や教育機関の連携事業として開催することで、国内外から注目される教育・研究活動として、質の高いワークショップをつくることを目指します。
3.地球環境に対する若い世代の意識を育む
 現在、関西地方には、世界に誇る貴重な文化遺産を有する京都や奈良、琵琶湖や紀伊半島の雄大な自然など、豊かな環境が数多く残っています。しかしながら、近年の社会経済活動は環境への負荷を増大させ、歴史的に価値の高い環境をも脅かすまでに至っています。このワークショップでは一人一人が地域環境の特殊性、有限性を深く認識し、今後の建築設計活動において環境への配慮を高めていくと同時に、地球環境の保全に貢献していくことをねらいとしています。次世代を担う学生たちが、具体的な経験を通して環境に対する意識を育むことは、環境と建築が共存できる未来へと、着実につながるのではないかと考えます。 4.地域との継続的な交流をはかる
 歴史、文化、自然が一体となって残る地域の特色を生かしたプログラムを主軸に、特殊な地域環境や、住民との交流によって生み出される制作体験を目的としています。各地域には、それぞれの土地で積み重ねてきた歴史や文化、風土があり、短期間のイベントであればそれらを深く知ることはできませんが、数ヶ月にわたる継続的な活動を前提として取り組むことで、より具体的な提案や制作によって、地域に還元していくことができると考えています。

"今、建築の、原初の聖地から"  伝えたいことを、空間として表現してください。


 「神都」の異名を持つ伊勢は、神宮の鳥居前町として伊勢神宮と共に歩んできた街です。伊勢神宮は、神社本庁の本宗神社。創祀から2000年と伝えられ、古代より神々に祈りを捧げ、豊かな国土に恵まれた自然の力と、神宮の歴史の中で培われてきた人々の力を感じる聖地。神宮では20年に一度社殿を建て替え神座を移す「神宮式年遷宮」が催行され、街に活気をもたらすことから「伊勢の町は遷宮のたびに新しくなる」ともいわれています。

 伊勢は、志摩半島の北東部に位置し、伊勢湾に面しています。南部は標高100m-500mの丘陵・山地が広がり、中心市街地は伊勢神宮 外宮(豊受大神宮)の周辺に形成されています。市街地を外れた森の中に、伊勢神宮 内宮(皇天神宮)が位置し、皇室の御祖先の神である天照大御神がお祀りされていることから、日本人の総氏神のように親しまれている神社です。「伊勢市」と称する以前は「宇治山田市」と称され、現在の、外宮周辺が「山田」、内宮周辺が「宇治」にあたります。

 宇治山田として称されていた伊勢は、伊勢神宮の門前町として古代から発展していました。江戸時代には、江戸幕府が伊勢神宮の管理を目的とする山田奉行所(大岡越前として知られる大岡忠相が奉行を務めた)を設置され、「お伊勢まいり」の街として民衆に親しまれてきました。また、天皇・皇室のための神社としても位置し、「皇紀2600年」にあたる1940年(昭和15年)には、約800万人が参宮のために当地を訪れ、現在も、日本国内はもとより世界各国より多くの方々が訪れています。古代より現代にも受け継がれてきた、我が国を代表する聖地において、天皇陛下生前退位をされる平成30年夏、伊勢にて建築学生ワークショップを開催します。

 場所のもつ歴史や意味、地形や風の流れ、風土といった文脈を読むことを始点として建築はつくられていきます。つまり建築という行為の原点には、「場」を読み解く力こそが始まりであり、最も重要なことだといえます。これを国内でも稀にみる森林空間と古来の伝統的建築様式を今に伝える聖地・伊勢の神宮で学ぶことは、建築の道を歩み始めた次の日本を担う学生にとっては大切なことであり、これから建築をつくる揺るぎない基軸ともなっていくことでしょう。


【建築学生ワークショップとは】

 建築ワークショップとは、建築や環境デザイン等の分野を専攻する学生がキャンパスを離れ、国内外にて活躍中の建築家を中心とした講師陣の指導のもと、その場所における場所性に根づいた実作品をつくりあげることを目的としてきました。2001年度から始まったこのワークショップは過去に山添村(奈良県)・天川村(奈良県)・丹後半島(京都府)・沖島(滋賀県)などの関西近郊の各地で行われ、それぞれの過疎化した地域を対象に提案し、市や街、村の支援を得ながら、有意義な成果を残してきました。

  第10回目の開催となった2010年度より、新たに今までの取り組み方の志向を変え、一般社会にも投げかけてゆけるような地元の方たちと共同開催での参加型の取り組みとなっていくことを目指し、「平城遷都1300年祭」の事業として、世界文化遺産(考古遺跡としては日本初)にも指定されている奈良・平城宮跡で開催しました。続く2011年度は滋賀・琵琶湖に浮かぶ「神の棲む島」竹生島(名勝史跡)にて、宝厳寺と都久夫須麻神社と共に開催。無人島とされている聖地に、地元周辺の方たちと汽船で通う取り組みを行いました。

 そして一昨年は、開創法会1200年となる100年に1度の年に、高野山・金剛峯寺(世界文化遺産)との取り組みから、境内をはじめ周辺地区での開催をしました。そして昨年は、昭和58年11月7日に聖地・キトラ古墳で、ファイバースコープによって北壁の玄武図が発見されてから30年を経て、公開される直前のキトラ古墳と国営飛鳥歴史公園の開演プレイベントとして、キトラ古墳の麓に小さな建築を8体実現しました。

 このような日本における貴重で特殊な聖地における環境において、地元の建築士や施工者、大工や技師、職人の方々に古典的な工法を伝えていただきながら、日本を代表する建築エンジニアリング企業・日本を代表する組織設計事務所の方々や多くの施工会社の皆様、そして建築エンジニアリング企業の方たちによる技術者合宿指導により実制作を行い、地元・地域の多くの方たちによる協力のもと、原寸の空間体験ができる小さな建築物の実現と、一般者を招いた公開プレゼンテーションを行う等、これまでにない新たな試みを実施してきた、全国の大学生を中心とした合宿による地域滞在型の建築ワークショップです。

 
2017年度開催の様子(こちら → )
 



【開催記念 説明会・講演会】
ワークショップの参加募集の説明会と、開催を記念して活躍中の建築家にレクチュアしていただきました。
東京会場 
東京大学(弥生キャンパス)

農学部
弥生講堂アネックス

東京メトロ南北線「東大前駅」徒歩3分
東京メトロ丸の内線・大江戸線「本郷三丁目駅」徒歩10分

5月10日(木)18:30-20:00(18:00開場)
入場無料|定員: 先着100名|要申込


基調講演 腰原幹雄(建築家)
1968年千葉県生まれ。2001年東京大学大学院修士課程修了。博士(工学)。構造設計集団<SDG>を経て、12年より現職。構造的視点から、自然素材の可能性を追求している。土木学会デザイン賞最優秀賞、日本建築学会賞(業績)、都市住宅学会業績賞など多数の賞を受賞している。主な著書に「日本木造遺産」(世界文化社)、「都市木造のヴィジョンと技術」(オーム社)、「感覚と電卓でつくる現代木造住宅ガイド」(彰国社)などがある

 

●ひとことコメント 
 今回、講演中の随所に、腰原先生が自ら行動し、実施制作に関わっていく中で得られた知見が散りばめられていたことが印象的であった。これらひとつひとつの経験を実感として得ながら、ご自身の「やりたい」ことを実現していく間に、先生は一体どれくらい多くのことに「失敗」し「無駄なこと」にチャレンジされてきたのだろうか。改めて考えてみると、如何に自分たちがまだ行動に移せずにいることが多いかということを思い知らされた。そして「知りたい」という気持ちが、「やりたい」という原動力になる意欲のひとつだと、貴重な言葉をいただいた。
 「主体的に物を見て、考え、頭と手を動かしてください」と言われた重要性は常々感じるところであるが、ともすれば私たちは、研究にしろ、講義にしろ、意図せず受動的な姿勢に陥ってしまいがちである。構造という分野に限らず、ルールが先行することに慣れきってしまっているとあまり気づかないことだが、たくさんの「やりたい」を叶えられた今でも、これからの「やりたい」を話される先生はなんと楽しそうだったことだろう。この講演でいただいたメッセージを、「なるほど」というだけで決して終わらせず、自分自身で実感できるように、一つ一つの行動で起こしていきたい。
(アートアンドアーキテクトフェスタ/内田早紀・東京大学大学院 修士2年、馬渕由季子 ・首都大学東京 4年)

京都会場
京都大学(吉田キャンパス)
百周年時計台記念館
国際交流ホールIII

文学部 第3講義室
京阪本線「出町柳駅」徒歩10分
京都市営バス「京大正門前」または「百万遍」下車 徒歩10分

5月17日(木)18:30-20:00(18:00開場)
入場無料|定員: 先着100名|要申込


基調講演 山崎亮(コミュニティデザイナー)
1973年愛知県生まれ。大阪府立大学農学部にて増田昇に師事(緑地計画工学専攻)。メルボルン工科大学環境デザイン学部にてジョン・バージェスに師事(ランドスケープアーキテクチュア専攻)。大阪府立大学大学院(地域生態工学専攻)修了後、 SEN環境計画室勤務。三宅祥介からデザイン、浅野房世からマネジメントを学び、2005年にstudio-Lを設立。地域の課題を地域に住む人たちが解決するためのコミュニティデザインに携わる。

 


 

座 談 会 | “今、建築の、原初の、聖地から”  
建築学生ワークショップ伊勢2018

音羽悟 (神宮司廳広報室広報課課長 神宮主事) × 須崎充博(伊勢市産業観光部観光担当 理事)
×腰原幹雄(構造家|東京大学生産技術研究所 教授)×佐藤淳(構造家|東京大学 准教授)×平沼孝啓 (建築家|平沼孝啓建築研究所 主宰)


座談会の様子(伊勢神宮・神宮司廳にて)


  音羽悟              須崎充博
(神宮司廳広報室広報課課長 (伊勢市産業観光部
 神宮主事)           観光担当理事)


  佐藤淳              腰原幹雄
(構造家|東京大学准教授)(構造家|東京大学生産
                技術研究所教授)


神楽祭


皇大神宮


宇治橋


須崎理事と音羽神宮主事


佐藤先生と腰原先生

―――全国の大学生が参加するこの建築学生ワークショップは、毎年、開催地を変えながら開催していきます。歴史の特性をはっきりと持つ場所で開催することにより、建築や芸術、デザインを学ぶ若い世代が、後世にも続く遺産とされる場所でしか体験できない貴重な経験を通じて、場所のコンテクストからの建築の解き方を深めていくきっかけをつくっていきたいと思っています。そして2018年、古代より現代に受け継がれてきた、日本を代表する神聖な場所、神宮周辺区域にて、小さな建築空間を実現する建築学生ワークショップを開催します。神宮は、日本人の総氏神のような存在として崇敬される天照大御神をお祀りしている神社。古代より現代も多くの人々がお参りに訪れる「こころの故郷」でもあります。20年に一度の式年遷宮や建築をつくり変え技術を継承することからでも、この場所の特性を用いるため、大きく分けて「歴史」「場所性(地形)」「現代の問題」の観点から提案を求めるものを探っていきながら、ワークショップ開催の意義についてお伺いしたいと思います。
本日は、開催に際して多大なご尽力をくださいます、神宮司廰の音羽様、伊勢市の須崎様、そしてこの建築ワークショップを初年度から見守り続けてくださる、東京大学の腰原先生、佐藤先生、そしてオーガナイザーの役割を担い続けてくださいます、建築家の平沼先生にお話しをお聞きしながら、伊勢でのワークショップ開催についてお聞きします。

 

平沼:はじまりのご質問をする前に、伊勢は、神宮の鳥居前町として伊勢神宮と共に歩んできた街だとお聞きします。そして神宮は、日本人の総氏神のような存在として崇敬される天照大御神をお祀りしている神社として、古代より多くの人々がお参りに訪れる「こころの故郷」と仰がれています。また近年は、御遷宮そして伊勢志摩サミット開催を機に世界中から注目されています。
まずは、この地が現代にまで続く聖地のような場所となり、現代にまでもたらした思想の背景と、この地に暮らす人たちの生活背景はどのようなものでしょうか。

音羽:神宮は20年に一度、式年遷宮を行います。古くは神都と称されていた伊勢の町衆を神領民という呼び方をしていましたが、伊勢市を中心とした町の方々も参加する大祭です。神職以外に、それぞれ住まわれている伊勢周辺地区にある77の奉仕団体が、遷宮のために2年間の御木曳行事を開催します。そして遷宮の年には御白石持ち行事もありこの2回の奉仕をしています。元々、律令の役人が直接造営の担当をしていた時代には、国の機関で全て着手していたのが、やがて地元でもこういう奉仕をしたいとなってこのような奉仕形態になっています。現在までにわかっている限りでは15世紀、1400年代くらいから約600年間は、こういう行事が町と共に続いています。神宮を中心とし、この地で生活する年寄衆を中心とした人々が自治権を持ち、幕府の支配が及ばない、治外法権を持った街として独自の文化をつくってきたのが、神都と言われる伊勢の街の特色になります。

須崎:特に建築と密接な関係のある御木曳行事は、式年遷宮に使われる伊勢神宮の木を市民が奉納する行事で、御用材をお清めして届けるという作業です。伊勢の民達が一所懸命に奉仕する。戦前までは、国の仕事を神領民である伊勢市民がやることで、一年間、免税されていた地域である特色もありました。

佐藤:御木曳行事というのは、まさに山から木材を調達し、陸や川から木を運んでくる行事でしょうか。

音羽:はい。陸曳と川曳があり、内宮領では木を橇に載せて川曳で行います。神宮の宇治橋のところからグッと曳き入れます。だから神宮に運ぶ時には、山から伐り出し、川下しするのを逆流するのですね。

須崎:外宮では、宮川堤防から引き揚げ、水切り儀式をします。そこから御木曳車に乗せて、外宮まで引き入れる。遷宮をお祝いする行事として、時期を決めて2年間にわたります。

音羽:20年間でこの行事が2回ありますから、皆さんが忘れそうになった頃に、またこの行事が入りますので、伊勢の街は神宮のお祭りで結構忙しい。しかも77も団体がありますと、それぞれでやっていかないといけませんね。

須崎:20年に一度。伊勢はこれで一挙に盛り上がり、何故かおもてなしをする力が出て来るというのは不思議な町ですね。結局、木を奉納してから7年間で神宮は、社を建てます。上棟式が始まり、建ち上がったところへ今度は御敷地へ敷く石を、宮川に私達がみんな手作業で拾いに行って、市民一人が一個奉納する。これが御白石持。遷御が行われる直前に開催します。

腰原:今回、機会をいただき参加をさせて頂きましたが、大変楽しかったです。

音羽:伊勢は木と石の文化ですものね。

腰原:そのことを実感しました。日本の木は元々、信仰対象。伊勢の場合も木は、信仰対象ではないですか。

音羽:信仰の対象です。木を切る時には、元と末を回避します。真ん中だけをいただく。それを伊勢では「中の間」と言います。

腰原:回避するというのは?

音羽:伐った伐り株のところに枝を差す。これを鳥総立ての神事と言います。

腰原:なるほど。やはり建物の原点なのですね。身近にある木と石という自然の材料をいただいて、それを建物の形にする。自然から「わけていただく」という方法で辿っているのですね。

平沼:式年遷宮は宮地をあらため、古例に倣いながら、建築を中心としたご社殿を建て替えることが中心となりますが、この大工道具もさることながら、神様の調度品となる神宝や、金銅飾金物等の装飾類等も含めて、全てを新調するとお聞きしました。これには、どれくらい多くの職人の方々が関わられていますか。

音羽:ええ、わかるだけでも神様の調度品を作っている御装束神宝の調達に携わる人だけで3千人ほどです。殿舎などをつくり替える方たち全てを合わせると2万人から2万5千人くらいの関係者がおられます。

佐藤:すごい数ですね。そして必ずしも建築と関連しない分野もあると思いますが、そこに日本屈指の職人技が集結していると思うんですね。さらに次の遷宮を見据えて始めておられますか。

音羽:後継者という意味ではあると思います。

平沼:そして今回の式年遷宮では、新旧両様の、建築の状態をみることができました。比較することで遷宮がわかり易く伝わり、苔などの作用や自然素材の特長、そして通気をもたらすような隙間を開けた工法から、それが自重と共に朽ちていく歳月を感じることができました。これは毎回、お見せしていないのですか。

音羽:そうですね。前回の式年遷宮では見せていませんでした。棟持柱を軸に、鰹木だけでも一本450kgあり、これが10本乗っています。屋根だけでも相当な重量になるために、棟持柱が棟木を支えるのに、隙間が存在します。20年の時間の経過からこの隙間が埋まるように、どんどん下がってくる。実際の構造としては壁で支えているだとか、いろんな説がありますが、一度評価をいただきたいです。

腰原:出来たときの隙間は、いろいろ伝説が多すぎますね。(笑)科学的には中々、解読しきれてないですね。

佐藤:最初に接触しているところは分かっているのですか。

腰原:そう。だけど、最終的に接触しているところとは変わるのです。つまり木が、だんだんと縮んできて「効く」場所が変わってくるのですが、設計時にはどちらを期待していたのでしょうね。通常の建築だと、「隙間が空かないように工夫しましょう」と考えるのだろうけど、神宮のご社殿の場合、構造の仕組み自体が他とは違いますね。

音羽:そうなんですね。壁はピタッとくっついていますが、壁と軸組みの隙間で通気を取るということを聞いたことがあります。でも実は、この壁自体が屋根を支えている重量を分散し緩和する役割もあります。

腰原:自然素材を通して何を伝えたいのか。近現代の工業製品はモノに価値を与えてきましたが、神宮では技術と共に神聖な空気を引き継ぐ。モノではない精神性を引継ぐには、20年ごとにつくり替えることによって、何を伝承し、残していくということに価値をおいているのでしょうか。この部分をとても知りたいです。たとえばモノとしては同じような話題になりますが錦帯橋も、2~30年ごとに修理を含めて架け替えをしていますが、世界的に語られると、あれは単なる新橋の掛け直しだと言われる。だけど神宮と同じように、錦帯橋の架け替えをする人々は、ずっと同じものを架け続けてるんだという、日本的な価値観が存在します。

音羽:そうですね。繰り返すことを「技術の継承」や「伝統」そして「文化」と言われますが、私は「誇り」だと思います。こういうことを伝えていくんだということが、日本人として、自分たちが最も大切に感じています。

須崎:この「誇り」。そしてこれらをつくる人たちは、私がつくっていますって決して言わないのが伊勢です。特にご神宝をつくる方たちは、私がつくったと自慢もしないし、神宮へ納められていることに、誇りを持たれています。あまり知られていませんが、棟持柱が遷宮でお役目を終えた後、鳥居に使われています。現代ではリユースと言われますが、式年遷宮で役割を終えた全ての材は、ほとんどリサイクルしているということをあまり知られていないことです。

平沼:遷宮が終わると日本各地の神社へ材を分けられ、日本古来から続く素晴らしい循環システム。現代だとこのシステムは管理する側の都合で構法をつくられたりすることが多いのですが、外宮側と内宮側では、つくり方やそもそもの構法がまったく違うのですよね。

音羽:そう、まったく違います。そして大工もまったく違うんです。まず外宮は3班しかなくて、内宮は4班あったということ。一班につき頭、頭代、工老2名、小工7名の11人編成でした。つまり外宮の方が極端な話、11人少ない。そのため折置組で建てていたので合理的なつくり方をしている。この轆轤で引っ張りながら、妻側の部分を壁も組み立てておいて、よいしょっと引っ張って建てる。内宮は平入りとなる前は、柱間の距離が長くてしかも重くてそれが出来ないわけで、妻の壁板のはめ方も違ったんです。外宮は小屋組みを全部して、後からぼんっと半柱形式の板をはめたんですけど、内宮はこの<ほぞ>に全部合わせて、入れていくやり方で今回も伝統的な京呂組です。外宮と内宮ではまったく構法が違うんです。

佐藤:そうなんですね。細かな刻み方だとか建てていく手順などもすべてが違うのですね。これは、口で伝えられてきたのですか。

音羽:はい。口だけで。

佐藤:それは素晴らしいですね。もう信じられない…。(笑)

音羽:神宝の図面も残っていなかったくらいですからね。

平沼:伊勢に通いはじめて感じるのですが、やはり外宮は街と共にあり、内宮は神宮の森や山と共にある。この感覚からひとつお聞きしたいのは、外宮で使われる素材も、神宮の森から出された同じ素材を使われていますよね。僕はあの神秘的な森や山に相当な興味を持ちはじめます。神宮として相当な管理をされていますか。

音羽:そうですね、管理してます。現在の山は、約5500haあり大正時代からはじまった管理形態になります。ちょうど東京の世田谷区と同じ面積で、伊勢市の1/4程度が神宮の領域です。江戸時代のお蔭参りで、ほとんどを切り尽くし、明治時代になってからまた植えだしているんです。100年後には全てをこの森から出せるようになるんですけどね。あともう100年は木曽に頼ります。

腰原:先ほどの技術の話に戻りますが、本当はずっと同じ技術で造っているわけないですよね。知恵を足したり、変化をさせたり。進歩していく構法をどこまで許容しているんですか。そして時代と共に変化もしていくんですか。

音羽:時代とともに変化しています。

腰原:変化するものだという意識はありますか。

音羽:あります。例えば、縦引きの鋸がない時代や、鉋がない時代が当然あるわけですから、中世は、どういう風にして壁板をはめていたんだろうとか、恐らく槍鉋で削っていたんでしょう。ただ古い記録を見ると、基本的な構造は変わっていないのですが、技術の進歩で仕上がりの質は高まっていると思います。

佐藤:展示館(せんぐう館)ができ、最も感動したのは、単なる相欠ぎの合わせ材の角々が全て面取りしてあり、ぴたっと合うような工夫が施されている。材の継ぎ手の隙間から光が入らない仕組みでしょうが、単なる相欠きでこのような刻み方を見たことないと思いました。

音羽:近世、近代で大工の技術も進歩していると思います。

腰原:やっぱり進歩した技術を少しずつ入れていくわけですね。それをまた自慢しないから、今みたいに。(笑)

佐藤:そうそう。あのせんぐう館ができたから分かりましたけれども、相当な工夫で培われた技法やディテールを学びたくなります。(笑)

平沼:最後にお聞かせください。全国からこの地に建築を中心とした学生たちが集まり、いろんな問題を提起し、歴史のコンテクストを読み解きながら建築空間を表現するのですが、どんなことを提案するといいでしょうか。

音羽:伊勢は、やはり森ですね。森の中にお社やお宮があり、なんと言っても千木鰹木があって萱葺の屋根であるということが大きな特徴になっています。あと、白木で造っているということ。そして木と石の文化ですから、白石というのも、一つの特徴になります。あと神領民ですね。神領民の心意気で伊勢は、神都と言われてきた町であるというようなことも大切です。

腰原:次の遷宮予定地に小さいお社があると思うのですが、何のシンボルなのかなと、ずっと思っていたんです。

音羽:あれは心御柱、大御神木様の御神体を泰安するところです。誰も見られないように、鍵が掛かっているんです。神様の御神体のある部分と、心御柱が置かれる場所です。

平沼:それも一緒に宮大工の方たちが造られる。

音羽:心御柱は象徴的な柱なので、あれを据えるのは神職なんですよ。

腰原:なるほど。シンボリックになり過ぎるのを、このワークショップで説明するべきなのか、それとは別に、自然素材で時間の流れを語る。つまり「メッセージを発する建築」がいいのか、「祈りを捧げる建築」とした空間ですかね。

音羽:伊勢に沿えばどちらでもいいと思います。

全員:わはは。(笑)

佐藤:これまでのワークショップから学生たちの提案を見てきまして、神聖な場の雰囲気に押されてコンセプトに悩みすぎる。もっと植物的にやれば良いのにって思うのです。この最も神聖な伊勢でも、具体的にどんな材料が入手でき、多くの参拝者もいる訳ですから、神宮周辺でつくる意義をしっかりと工夫したリアルな構法で表現してもらいたいと思っています。

(平成29年11月23 日 伊勢神宮・神宮司廰にて)

         
たいへん貴重なお話しを聞くことができました。この座談会を通じて、このワークショップが参加学生にとって、とても貴重で意義深いものになると思います。そして将来、この場所で開催した意義につなぐように、提案者を募りたいと思います。本日はどうもありがとうございました。

 

聞き手:樋口瑞希(AAF│建築学生ワークショップ運営責任者)

 

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